Quad ESL 徒然

大事なのは入り口のプレーヤーだろ、いいや動力源のアンプだぜ、そりゃあ最終的に音を出すスピーカーだよ。まあどうでも良さそうなことで白熱している貴方達、大の大人がいい歳してこんなこと本気でやっちゃいませんよね。そりゃそうでしょ、これこそオーディオなんて何所も手を抜けないのを知っているからこそのお遊びと云うもので、長いことオーディオで遊んで来た人には必ず百人百様の答えがあり、そのどれもに尤もらしい理由があり結論なき堂々巡りを楽しむものです。

それはさておき今回は耳に一番近いスピーカーについてお話ししてみましょう。

当店が開設以来リファレンスとして使用しているスピーカーは、QUAD ESL 2905 と云う型番の所謂プレーナータイプのコンデンサースピーカーです。他にもプレーナータイプのスピーカーとしてマグネパン、クォードと同じ静電型ではマーチンローガン等があり、ディスコンになったものまで含めるとかなりの名前が挙げられます。

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これらのプレーナータイプのスピーカーから出てくる音はコンベンショナルなコーンタイプのダイナミック型のスピーカーとは明らかに違う音の聴こえ方をしていて、それが好きなものには堪らない魅力になっています。同軸型ユニットのフルレンジスピーカーシステムは云うに及ばずマルチユニットのスピーカーシステムでも、タイムアライメントを考慮した設計をするのは当たり前になっていますが、それらのよく出来たシステムでも聴こえる音は同一平面から放射される音とは異なります。荒っぽく云ってしまうと、初めから位相の揃った音を聴かせてくれる。これが数あるプレーナータイプのスピーカーの持つ特徴の中でも際立つポイントであり、時間の芸術である音楽の再生には最も重要なことなのです。いろんな種類があるプレーナータイプのスピーカーの中で、何故今も QUAD ESL 2905 が当店のリファレンススピーカーでありつづけているのかその訳をお話しましょう。

プレーナータイプのスピーカーはその名前の通り振動板から平面波が放射されます。振幅が大きく取れないユニットの性質上、音量を確保するには振動板の面積を大きくする必要があります。それ故に指向性が強くスィートスポットが狭いのに音像が大きくなる等、使いこなしが難しくなる特性を持ちます。一般的に静電型プレーナースピーカーはリスニングポイントとの距離を大きくとることが必要なのですが、こと QUAD ESL に限ってはその点に関しては大きなアドバンテージがあります。QUAD ESL 63 出現以後現在迄 QUAD ESL は4枚から6枚の発音パネルで構成されていて、そこから電気的に球面波を放射するように設計されています。それによりプレーナータイプの弱点とされていた音像のサイズと指向性に関しては、日本の住宅事情を考慮に入れても実用上問題ないところまで改善されています。

そしてここからが肝心なのですが、各帯域に使用されている発音パネルの素材と構造が同一の構成であること、それによって全帯域の音色・音質が完璧にコントロールされているのです。言い換えればマルチユニットスピーカーシステムでは必要な、帯域毎に異なる素材や構造のドライバーの整合をとる作業がはなから出来ているのです。同時に同一平面上に全てのユニットが於かれている為、各帯域間の時間軸の一致即ち位相の正確さが何よりも美しいハーモニーの再現を可能にしています。そしてそれらのこと全てが相まって音楽の核心を聴かせてくれるのです。私はこの QUAD ESL 2905 はオーディオに気を取られずに音楽を楽しく聴いていられる、数少ない本物のスピーカーだと考えています。

これ以上は望み様も無いスムースネスは私にとってはこの上ない美点なのですが、往々にして今迄のマルチユニットスピーカーシステムに慣れ親しんでいる人にとっては、かえって物足りない感に囚われるのかもしれません。この完結してしまっている音を聴かせてくれる QUAD ESL 2905 は、オーディオ好きのスピーカー遊びには向かないのが欠点と云えるかもしれません。

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ただし見た目のシンプルさとは裏腹に、使いこなすには途中で投げ出さない覚悟とスキルが必要かもしれません。極端に低い出力のパワーアンプでなければ普通に音は出ますが、音楽の種類によって多少の差こそあれリアリティーのある音量で再生した場合、高域でクレッシェンドするようなところがあれば瞬く間にセーフティースイッチが作動します。

このスピーカーにマッチしたアンプを選ぶ秘訣としては、カタログスペック上では同等でも低インピーダンス耐性が優秀でデリケートな表現に長けたものを選ぶことです。このスピーカーの特性を良く理解して的確なセッティングを施すことで、本当の美味しいところがお腹いっぱい味わえるようになるのです。そうしてセットアップされた ESL を聴くとオーディオ誌上での評価は控えめすぎると思える程で、これ迄巷間に出回ったクォードの ESL に対しての風評が全く根拠の無いものだったことが良く分かります。

私がこのスピーカーに飽きず拘り合うのは、他のスピーカーシステムでは作り出せない音楽世界へ誘ってくれる極めて優秀な逸品だからです。最初こそコントロールに手を焼き投げ出しそうにもなりますが、飽かず付き合いを続けているとやがて互いの手の内が明らかになり、馴染みが深くなるにつれ何時でも至極当たり前のように彼岸への橋渡しをしてくれるようになります。万能ではありませんが私が信頼を置くスピーカーの一つです。

 

2014/01/17