続 SP(78)レコード
7月の SP(78)レコードと一部重複するところもありますが、もう一度 SP レコードの電気再生についてお話してみようと思います。
カートリッジを SP レコード用に取り替えただけの現代のステレオ再生装置で電気再生した SP レコードの音の特徴を拾い出してみると
*シャーというノイズが耳につく *ノイズの方が楽音より大きく聴こえる *聴感上のレンジがせまく聴こえる *低域の分離が悪くよく聴こえない *歌い手の声がたいてい鼻声になる *ボリュームのコントロールが出来る
ざっとこんなところでしょうか。
SP レコードを現代のオーディオシステムで再生する場合、即ち電気再生に使用されるSP レコード対応のフォノイコライザーには、 Riaa 規格並びに SP レコード再生用と銘打たれたポジションが用意されています。しかしその多くはターンオーバーが FLAT/250Hz/500Hz ・ロールオフ FLAT だけで、それら3種類の数値は機械吹き込みとごく初期の電気吹き込みのものを対象にしている簡易的なものです。盤質を考慮する必要はありますが SP レコードのイメージを作り上げている聴感上の特徴は、このような電機録音の時代のSP レコードに対応出来ていない機器の使用によって起こるイコライジングカーブの不一致の成せる技です。
またSP レコードを聴くには蓄音機が一番良いとする人々もいらっしゃいますがその中でも、蓄音機そのものの音が好きな人、電気再生の音が嫌で仕方なく蓄音機を選んでいる人などがあるように思います。
今度は蓄音機の音の特徴を挙げてみましょう。
*ノイズはまろやかで聴き易い *声の部分は良く聴こえる *蓄音機独特の音(ホーンの音)がする *低域や高域があまり聴こえない *大編成の曲は全域にわたりに分離が悪い
思いつくのは大凡こういったところでしょうか。
出現年代の古さから前世紀の遺物、もうとうの昔に終わったものと云う先入観と、先にお話ししたような現実感の乏しい音しか聴けなかったことが原因で、本当に勿体ないことですが SP レコードで満足な音楽鑑賞は無理だと思い込んでいる人が大半でしょう。おもわしくなかった過去の経験から、そこに録音されている素晴らしい芸術を知ることもなく過去の遺物として捨て去られようとする今、それではあまりに惜しいと始めた小さな試みですが、行きつ戻りつしながらも少しだけ先が見えたような気がする今日この頃です。
おさらいになりますが SP レコードの電気再生を既存のオーディオシステムで行うには①78回転のポジションがあるレコードプレーヤーと② SP レコード用のカートリッジそれに③ SP レコード用のイコライジングカーブが備わったフォノイコライザーの3点が必要だと云うことをお話ししました。この中の比較的簡単に入手可能な①と②は SP レコードを再生する為の最低条件でしかありません、③のフォノイコライザーこそが SP レコード再生の成否の鍵です。残念ながら市販されている現行機種のフォノイコライザーには SP レコードに合致したイコライジングカーブを選べるものは殆どありません、よしんばあったとしても全く簡易的なものがおまけ程度に付いているだけです。
イコライジングの可変出来るものとして FM アコースティックがありますが「ターンオーバーもロールオフも数値を固定していない連続可変では、組み合わせた時互いに影響し合い設定した数値から外れてしまう」と教わったことや、イコライジングサーキットも LCR 型ではなかったので私のプランからは除外することになりました。
ここまで期待してお読みいただいた方、せっかく SP レコードの上質な電気再生を目指そうと思われたのに水を差すようでまことに申し訳ないのですが、SP レコードの場合幾ら頑張ってもオーディオ的な再生には限界があります、LP レコードのような極上 S/N の再生はかないません。 SP レコードでもある程度のスクラッチノイズやサーフェスノイズの低減は可能ですが、シェラックと云う材料で作られているSPレコードの特性上、ビニール素材の LP レコードと異なり接触音をほぼ無音状態にすることは不可能なのです。それに収録されている音の周波数の帯域の広さも LP レコードとは異なります、このお話はあくまで SP レコードに於ける HiFi 再生と云う趣旨です。 LP レコードで可能な究極の HiFi 再生と同質のものを、 SP レコードにもお求めになりませぬよう、その辺りをご理解下さいますよう宜しくお願いいたします。
けれど私にとって『音楽を聴く』ことに於いては、上手く再生された時の SP レコードの少し残ったノイズなんてなんの障害にもなりません、むしろそれを補って余ある音楽の豊穣が堪能出来るのです。
LP レコード出現前の SP レコードの時代は各レーベルがそれぞれのカッティングカーブを使用し、それに加えて年代によってもカーブの数値は変遷していたとされています。大手レーベル毎に異なっていた独自のカッティングカーブに対応したイコライジングカーブは、後年モノーラル LP の時代になっても引き継がれそのまま現在に至っています。それらを研究していた人達がものにした資料の一部に、ざっと目を通しただけでもターンオーバーで9種類ロールオフは15種類は挙げられており、調べを進めて行けばまだ出てきそうな気配です。オーディオ黎明期の機器では到底望めなかった録音時を彷彿とさせる音の再生を現在の再生機器で実現する為にも、イコライジングカーブの特定が不可欠なのははっきりしています。製作年代の古さを思うと SP レコードの正確な電気再生を目指すには考古学のごとき作業が必要にも思えますが、そのようなことは私に到底出来る筈も有りません。そんな大変な仕事はアカデミックな人達にお任せしてすることにして、私は只々 SP レコードを聴く方に廻らせていただいています。
そんな私でも常々ターンオーバーとロールオフが切り替えられるフォノイコライザーを夢見ています、SPレコードやモノーラル LP の再生にこれほど心強い味方はありませんから。しかしそれがかなわぬ今は次善の策であっても手持ちのもので再生を続け、その時がくるのを待つしかありません。
私はなるべく自然な音で SP レコードを聴くことを優先しているので、今の時点で最善だと思う機器を使用し自分なりに聴感を軸にした方法でアプローチしています。今手に出来るもので多少のいい加減さには目をつぶりながら兎に角聴いてみる、 SP レコードの鑑賞にはいまのところそれが近道のように思うからです。
そんな聴き方をしているにも拘らず数をこなしてくると、よくしたもので沢山あるレーベルも大まかなくくりでは何組かの系統を形成しているのが見えてきます。それは Decca をはじめ Columbia・Emi・Hmv・Victor・Telefunken・Grammophon・Electrola 等現在も存続しているレーベルです。
現在ザンデンオーディオシステムからリリースされている3種類のフォノイコライザー全てに、 Decca・Columbia・EMI・Teldec・Riaa と5つのイコライジングカーブのポジションがありますが、上手い具合にこれらが今あるレーベルのイコライジングの大方をカバーしています。
この5つの系列のイコライジングカーブの中からその系列下のレコードを再生することで、かなり自然に音楽を聴けるようになることから、これらのイコライジングカーブを基本にした再生を考えることにしました。この手法は当らずとも遠からじと云った感触があり、現在でも引き継がれている系列はヨーロッパのみならずアメリカと日本でも同様に有効で系列の成り立ちが見て取れます。
先にお話ししたように過去のものとなってしまったレーベルも聴感とこれらの系列を辿ると、大本のレーベルのイコライジングカーブで大きな違和感を伴うことなく聴けるようになります。
これは SP レコードに限ったことではありませんが、カッティングカーブとイコライジングカーブの値が近づいてくるとサーフェスノイズが変化し、合致した時点でそれは耳障りのない最小音になります。こうやってレーベルとイコライジングカーブの神経衰弱ゲームを続けて行けば、やがてそのマトリックスが出来上がり SP レコードの電気再生の可能性が広がることになるか、なーんて妄想しています。
そうやって SP レコードに拘りながらここ暫くを過ごしていますが、現在 SP レコード自体は余程希少価値があるものや超人気盤とか新品やそれに準ずるもの以外は驚くような値段がついているものは少なく、むしろ感覚的には安いと思えるものが多いようです。今はこんな状態が続いていますが、声を大きくして SP レコードの魅力を喧伝し過ぎるとたちまち市場価格に反映されても困るので程々にしておかないと。
余談になりますが、ザンデンオーディオシステムでは随分前にディスコンになった Model 1100 というモノーラルフォノイコライザーを販売していたことがあります。このフォノイコライザーにはターンオーバー12にロールオフ8のポジションがあり、その当時リリースされていた殆どのレーベルのプレーバックに必要とされたイコライジングカーブが再現可能になっていました。それをもう一度作り直して、それも単なる復刻ではなく現状必要と云われている代表的なイコライジングカーブを網羅して、モノーラルレコードのイコライジングカーブを特定する原器の製作を進めているところです。
2013/10/18