Equalizing Curve 考

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機械式録音から電気録音へと移行したSP レコードの時代、アナログレコードの製作にはダイナミックレンジを確保しかつ長時間の再生を可能にする為に、大振幅の低域信号の振幅を狭め微小振幅の高域信号の振幅を広げるように変調した信号を用いてカッティングする方法がとられ始めました。こうした製法を使い製作されたレコードは、ピックアップした信号をそのまま増幅しても録音されたものと似ても似つかない音が出て来ます。それを録音時と同様の音に復調するレベルを表す曲線がイコライジングカーブで、簡単に説明するとカッティング時に施した変調曲線を反転させたものです。

繰り返しになりますがフォノイコライザーの役割は、ただ増幅しただけでは録音時の音にならない音溝に刻まれた信号に、逆変調を掛けることで復調させてラインレベルの音声信号に変えることにあります

ここでお話しするステレオレコードのイコライジングカーブについては、これまで1957年に RIAA が発表した規格に従いそれ以降発売されたその全てレコードがRIAA の提唱した規格によって制作され、その唯一の規格である RIAA 特性のイコライジングカーブで再生するのが正しいとアナウンスされています。

RIAA 側の規格で統一すると発表された後に販売されたコンシューマー向けオーディオ製品のフォノイコライザー部分は、それ以降すべからくRIAA 規格に法って製作されたレコードだけが再生の対象になっていました。

DECCA や COLUMBIA ・EMI 等のモノーラルレコードは RIAA 規格のイコライジングカーブでは上手くプレイバック出来ません。規格統一以前のそれらのレコードは、レーベル毎に独自のカッティングカーブを使って製作されていますから当然そういったことが起こります。 けれども 規格が RIAA に統一された筈のその後に製作されたステレオレコードの、それもジャケットにはっきりと RIAA 特性と記されている物までもが、どう聴いても音の不自然さが払拭出来ない場面に数多く出合います。

レコードでしか音楽を聴かない人達の中には RIAA カーブを使ったイコライジングで聴いた音の刷り込みが効いているのか、それがレコードの音として一番自然に聴こえているふしがあります。そんなステレオレコードを聴いている人達の中には、ある特定のレコードレーベルにご執心なファナティックなオーディオ愛好家がいます。その人達はイコライジングカーブは RIAA 規格であると信じて疑わず、トーンコントロールの調整でその演奏者本来の音を再現出来ると考え、それさえ上手くいけば音楽を違和感なく聴けるようになるはずと信じてその作業に勤しんでいます。

そういった努力も全てが的外れかどうかは、一概には断言出来ませんが。風聞ですが RIAA 規格の発表から全てのレーベルがその規格に沿ったものに変ったといわれた当時、デッカ他数社のレコードレーベルが一部のリスナーには自社レーベルをプレーバックする際のトーンコントロールの数値をテストレコードに添付して届けていたと聞き及んだからです。

このことは、とりもなおさず販売しているレコードが RIAA 規格のイコライジングカーブでは上手くプレーバック出来ないことを確信していた、つまり RIAA 規格以外のカッティングカーブを使用して制作されていたことを示す証ではないかと。しかしいくらトーンコントロール等で調整しようにも限界があり、完全な復元にはほど遠いところで終わってしまっていたことでしょう。

また他方イコライジングにRIAA カーブを使うことは同じでも、トーンコントロール等は使用せず特定のオーディオコンポーネントを組み合わせることによって、原音(プレスマスターのカッティングレース上でのプレーバック時)の再現を目指している方もいます。その人達の用いる諸々の方法がオーディオ関連の書籍に、機材の組み合わせや使いこなしとかレコードの再生ノウハウとして数多く紹介されています。(そしてこれはオーディオショップのビジネスにとっては、有難くて有益な方法であります)

確かに上記の様な方法を実践した場合、ある特定のレーベルに対しては有効かなーと思える時もあるのですが、一種のエフェクトを狙ったものなので全てのレコードに通用する筈も無く、これといった決め手に欠けているのが実情です。

そこで RIAA・TELDEC・EMI・COLUMBIA・DECCA の5種類のイコライジングカーブと極性切り替えを採用している Zanden Model 1200 Mk Ⅱ Phono Equalizer で検証してみると、 RIAA カーブ以外のイコライジングカーブを用いてプレイバックすると違和感無く聴こえるレーベルが圧倒的に多く、ポラリティーに於いては殆どが逆極性で、むしろ正相で録音されているレーベルの方が少数派であることが分かります。

既出の説明と重複しますが  [RIAA カーブ]  これは現在ステレオレコードのカッティングに於ける標準規格とされているものです、しかしこれも他の規格のカーブと同様モノーラルレコード時代のイコライジングカーブの一種にすぎず、RIAA(Recording Industry Association of America)はアメリカの民間団体の名称です。どのような理由(おそらく商売上利益を上げ易くする為だと思います)があってのことかはわかりませんが、この団体が音頭をとって規格の統一を提唱したもので、当然これに法的強制力はありませんでした。

アメリカの一民間団体にすぎない RIAA の呼びかけに対して、当時アメリカを含めた各国の全てのレコード会社はどういった対応をしたのでしょうか。当然自社レーベルの音に自信と誇りを持っていたでしょうし、長年培って来た歴史あるハードウェア及び技術的ノウハウの大幅な変更を余儀なくされるような提案を、黙って素直に受け入れたのかは甚だ疑問です。

各レーベルはその呼びかけに対してはっきりとした態度表明もせず無視もせずで、単にその提案自体に表立った反意を示さず様子見をしていただけなのではないかと。各社モノーラルレコード時代から築き上げて来たレーベルのエッセンスの詰まったカッティングカーブを温存したのは想像に難くありません、いまさら RIAA の提案に乗って一から新たにレーベルの音を造り直すなど、ブランドイメージを大きく損ないかねない冒険と機器入れ替えによる多大な経済的負担を強いられることに見合う程のメリットがそもそも見いだせ無かったと思われます。

(1957年新たにドイツ工業規格に、TELDEC がレコードカッティングに関する規格を申請しています。)

それとは逆に RIAA によるイコライジングカーブ統一の提案に、素早く反応したのはオーディオ機器メーカーの方だったのではないかと考えられます。オーディオ機器メーカーにとってイコライジングの規格が統一されればカーブの設定が簡単になり、何しろそれが一種類で済ませられるのですから。当時のプリアンプ=フォノイコライザーといった図式に基づいて考えれば、その性能に直結するフォノイコライザー部分の大幅な簡素化は、とりもなおさず端的に製品のコストダウンが図れる核心部分であり、利益の増大を求め続けるオーディオ機器メーカーにとって最大のメリットであることに他なりません。むしろこの好機を逃がさず一斉に規格統一に乗ったのは当然で、結果的にイコライジングカーブの RIAA 規格への統一と云う流れを加速させたのは再生機器を製造販売する側でした。

そうして再生機器の製造販売側が RIAA 規格にのみ対応した機器を供給することにより、当然それぞれのレーベルのプレーバックカーブは再生機器側と一致しなくなってしまいます。そんな状況においてレーベル側がそのことに口を閉ざしていたのは、販売面において自社のレーベルが機器側が採用した RIAA カーブとの不整合を理由としてビジネス上の不利益を被る事が無いよう、また当時は再生機器のレベルがイコライジングカーブによる違いを精緻に再現出来なかったことも念頭に、実際に採用しているカッティングカーブについてはあえて沈黙していたのでしょう。

そしてオーディオやレコードに関わる媒体も、製造販売側が再生機器はすべて RIAA 規格に統一したとの説明を、さも世界標準規格であるかのような記事や評論を載せ続けました。その様な動きに対して暗黙の了解を決め込んでいたレコードレーベル側も沈黙を続けたままです。RIAA が統一規格であると云う前提で製品を販売して来たメーカーをスポンサーとしている以上、各種媒体やライター諸氏の動向も今迄通り変化はないままだと思われます。

またリスナーがステレオレコードのイコライジングカーブは RIAA に統一されたとの思考停止に陥った原因は、販売される製品が尽く RIAA 規格に準拠した機器だったことや、 RIAA 側の発表そのままを載せた媒体の記事を印刷物の無条件信仰状態に陥って鵜呑みにしてしまったこと、ステレオレコードのジャケットに”録音特性〈RIAA〉”と印刷されていたことなどが主な原因だと思います。

こういった一連の思惑や思い込みが災いして、レコードリスナーは当然聴ける筈だった録音時の音を奪われ、プレス時にカッティングレース上でプレーバックされていたであろうレーベル本来の音を失う結果になりました。

それがひいては好事家から普通のリスナー迄もがまことしやかに、◯◯レーベルの音は良いが△△レーベルの音は今一つ等と、レコードの品質とは別のところで各レーベルごとの音質についての優劣を取り沙汰するようになった原因です。前述のような理由からレコードの評論を載せるメディアの全てが RIAA 規格のイコライジングカーブでプレーバックを行い、それぞれのレーベルにマッチしない状態で評価していたのですからそれは至極当然の成り行きです。それを根本的に解決するには一度原点に立ち帰り、それぞれのレーベルがレコード制作現場で実際に採用していたカッティングのカーブを特定し、それにマッチしたイコライジングカーブを使ってプレイバックする以外に方法は無いと考えますが、如何でしょうか。

 

 

2014/06/11