Linear Tracking Tonearm

当店のレコードプレーヤーシステムは常時 78 レコード・モノーラルレコード ・ステレオレコード の3種に対応したものが稼働しています。 78 レコード とモノーラルレコード 用にはピボットタイプのトーンアームを使いますが、ステレオレコード用は空圧で作動する Advanced Analog Audio Labo MG-1 と云う US 製リニアトラッキングトーンアーム( Linear Tracking Tonearm   以下 LTT )を使用しています。

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一般的にレコードプレーヤーのイメージは、丸いターンテーブルに1本の棒の様にに見えるピボットタイプのトーンアームが組み合わされているものでしょう。ここでお話しする LTT とはスタイラスチップがグルーブに接触する角度を変えること無く、最初から最後までレコードの盤面を直線的に移動する、横方向への回転軸を持たないトーンアームのことを指します。

では何故ステレオレコードのプレーバックに限って LTT が必要なのかを説明していくことにしましょう。ステレオフォニックを生成する信号を正確にピックアップする為には、スタイラスチップとグルーヴの接触角度がとても重要だからです。

左右の信号をピックアップできればことが済むモノーラルレコードの場合は、スタイラスチップが扇上に移動するピボットタイプでもそれほど問題ありません。それとは異なり縦横からなる45/45方式で信号を読み取らなければならないステレオレコードの場合は、スタイラスチップが常にグルーブの進行方向と角度を零にした状態を保っていなければ左右信号を検出する縦振動の検出が曖昧になり、真のステレオフォニックを再現することが不可能だからです。

くどいようですがグルーブ上どの位置に於いてもトラッキングアングル「0」であること、つまり最初から最後迄トラッキングエラー「0」それこそが左右の時間差のない正確な信号のピックアップを保証する最低条件であり、ステレオレコードのプレーバックにとって最も重要な押さえどころです、そして其れを可能にするのが LTT なのです。

それでは LTT とピボットタイプのトーンアームの動きの違いを見てみましょう。

前述したように LTT に取り付けられたカートリッジのスタイラスチップは、レコードのグルーブの進行方向に対してセッティングされたトラッキングアングルを保ったまま最後迄盤面を平行移動します。アームワンドの平行移動の動力源はスタイラスにかかるサイドフォースに頼ることになるので、トーンアーム自体の動きの軽さと滑らかさがとても重要になります。

平行移動させる仕組みは大きく分けて3つのタイプがあります。

一つ目は接触式で、レール上を車輪が回転して移動する形を取るものですが、サイドフォースを利用してトラッキングを行うので、ランナーとして超高精度低接触抵抗の機械式ベアリング、そしてトラックは超平滑なものが必要になるので結構大変。

二つ目の非接触は、一般的にはエアベアリングを使用したもの。トラッキングは一つ目と同様ですが、この方式が摺動抵抗の制御が最も現実的で行い易く、実際に製品化されているものの多くはこの方式を採用しています。当店が使用している MG-1 も然りで、全てに於いてパーフェクトではないにせよ様々な角度から見てこれが現時点で最もお勧め出来ると云えそうです。

三つ目として、過去一時期主要メーカーがこぞって製品化しブームになった電動式。これはセンシングの違いはありますが、何れもトーンアームの駆動はモーターによって行われます。トラッキングエラーをセンサーで感知してからモーターが作動する為、大まかなトラッキングエラー「0」と言えるかもしれません。

その精度を上げるにはセンサーの感度と検知角度の小ささが物を言います。その音は単体で輸入販売されていたRABCO SL-8E や GOLDMUND T4 等のかなりきめ細かなセンシングを採用していた製品を除いて、オーディオメーカー各社が販売していたリニアトラッキング方式のレコードプレーヤーに搭載されていた其れ等は、現在ほどのセンシング能力がなかったためにリアルタイムにカートリッジをグルーブに追随させるという点では上記の2方式と比べると明らかに性能は追い付いていませんでした。話題性には優れていましたが時代性(熾烈な価格競争)の問題もあって、突き詰めた性能迄持って行くことが出来ず評価されるには至らなかったようです。

そしてトーンアームと云えば先ずこのタイプが思い浮かぶ、現在も主流のピボットタイプはベアリングによるジンバルサポート・ナイフエッジ・ワンポイントサポート等数種の方式があります。それら何れの方式も、カートリッジはトーンアームの支点を中心にした円弧上を移動すると云う共通点があります。円弧上を移動すると云うことからも分かるように、トーンアームに固定されたカートリッジはその位置によって時々刻々スタイラスチップのグルーブに対する角度、即ちトラッキングアングルを変化させ続けているのです。

念を押すようで申し訳ないのですが再度書いておきます。グルーブとスタイラスチップとが常に異なる角度のトラッキングエラーを発生し続けること、このことは縦と横の振動を合成することにより創り出されるステレオフォニックの正確性が揺らいでいることに他なりません。モノーラルレコード時代のやり方をそのまま踏襲しているものですから、ステレオレコードの構造上それでは完璧なものにはなり得ないことを承知の上で、ステレオフォニックらしく聴こえるだけで良しとし、利便性を味方になんとかステレオ時代にも通用させようとしたものとも云えます。

二つの方式の違いを簡単に纏めてみましたが、その違いはオーディオとして実際のところ聴いてどうなんだと云うのが気になるところだと思います。

ここからはザンデンオーディオシステムのフォノイコライザーを使用してのお話です。ザンデンを未体験の方はここからは私の与太話としてお付合い下さい。

ではピボットタイプのトーンアームから。

プレーバックを始めると出だしから中盤そして終盤にかけて音が変化して行くのが分かります、稀にそれが朧げで気にならない盤があることもありますが、大体は出だしから暫くしてからの音に一番リアリティーを感じ、それら以外の部分とに差があることが気になります、そして中盤を過ぎ終盤に至っては言わずもがなです。ただしその聴こえ方には個人差があり微妙と云えば微妙領域でもあるので、全く気にならないという人がいることも事実です、がしかし一旦気になり出すとずっと纏わり付いて気になって仕方ありません。こんなことが見えてしまうと精神衛生上も良い訳は無く、それを解消する手だてはないのかと焦る気持ちに追い立てられます。

トーンアームメーカーはトラッキングアングルの最適化の方法としてオフセットアングルを設定していますが、その角度はメーカー・機種毎に数値が決まっています。そこでカートリッジを取り付ける時には、トーンアームに付属しているものや市販の調整用プロトラクターの出番になります。マニュアルによればこれらを使って指示通りオフセットアングルをセットすれば、トラッキングアングルの誤差を最小限に抑えることが出来て、全く申し分の無いステレオフォニックが得られるということになっています。

でも本当にそう上手くいくものでしょうか、盤面上の何処か1点か2点はトラッキングエラー「0」になるところがあるようになっているのですが、それ以外の部分は全て異なる角度を持った状態であることは素人目にも明らかです。

かく言う私もピボットタイプを使用している時にはメーカーが指定する通りの数値での調整を繰り返しました、しかし何れの場合もメーカーが謳う程の結果を得ることは出来ずに終わっていました。

ザンデンのフォノイコライザーを知る以前はこうもはっきりと気付くことも無かったので、フォノイコライザーを他社製のものに取り替えればさほど気にならなくなるとは思いますが。

密の味がするザンデンのフォノイコライザーをラインナップから外すなど論外、あり得ません。

こうしてピボットタイプの限界が見えてしまった以上、後はもう LTT にすがるしかありませんでした。しかし当時は「理屈としては分かるけれど、実際はそれ程変らないんじゃないの」なんて云う評価が多勢を占めていて、新物好きが飛びつく際物と云った扱いで、その存在意義すら疑問視する人の方が多いような感じでした。廻りはそんな状況でしたが、使う程ピボットタイプに限界を感じメーカーの宣伝文句を鵜呑みに出来なくなった私は、当時少量ながらも輸入されていて入手が可能だった Eminent Technology  ET2 を購入しました。

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しかしまあ知識が無いとは恐ろしいこと、とりあえずと手に入れた物が中古で完品にあらずだったこともあり、組み立て作動させるだけで精一杯。空圧や独特の動きをコントロールする為の細かい調整に至っては全く成す術がありませんでした。エアベアリングに関する知識もノウハウもなくただ情熱だけで手を突っ込んだために、成果をものに出来ず失敗と失意の山を築いたあげく一時休戦のお粗末。しかし尻に火がついてしまっている状況故、気を取り直しマニュアル片手に再度アタックを開始、今度は頭をしっかり冷やし一からやり直しと、前回の教訓を生かして用具も揃え欠品していたものも補充し、おぼつかないながらもなんとか調整の勘所を掴むことが出来て大きく前進、 やっとこさET2 攻略完了。

完璧動作のET2 でのステレオレコードのプレーバックを経験した後は、再びそれをピボットタイプでやろうと云う気にはなれませんでした。それから暫くの時間を置いてこのショップを立ち上げることになった時、丁度縁あって EU で発表されたばかりの KUZMA Air Line を XL とのコンビでディスプレーすることが決まりました。このことがエアベアリングの利点(トーンアームは空気層によりカートリッジ出力を送る極細のリード線以外他の全ての部分と機械的に切り離されていること、機械的接触はレコードとスタイラスチップのただ一点のみであること、それにもかかわらず支点が明確でしっかり支持されていること。)を学ぶ良い機会になりました、その時身に付いたことが今でも大いに役立っています。

当初はこの超弩級とも云える巨大ターンテーブルシステムを使えること自体に満足していました。けれども時間が経つうちにその形状や重量それにドライブ方式が創り出す音の特徴や、過剰とも思える作り込み故の Air Line の動作が私の求めているものとは異なっていることが気になり始めました。そのあと暫く思い悩んだ末 XL と Air Lineコンビの 使用を諦めることにしました。

その後新たにレコードプレーヤーシステムのリファレンススタンダードを目指して考案開発した石清水の完成を機に、私の求める上質な回転性能を持つダイレクトドライブターンテーブル Technics SP-10 と、ステレオレコード用として以前から見込みがありそうだと目を付けていた Advanced Analog Audio Lab MG-1  Air Bearing Linear Tracking Tonearm を、そしてモノーラルレコード用には何より調整幅が広く使用感上々の Tri Planer をセットアップし、当店のリファレンスレコードプレーヤーシステムとしてまとめました。

この Airtangent をルーツに持つシンプルでユーザーフレンドリーな US 製 LTT は、比較的こなれた価格、簡単な取り付け、その上必要な調整箇所は全て備えている出色の製品に間違いありません。ただこの製品はメールオーダーオンリーなので、入手に時間を要するのが唯一の難点(あまり困りはしませんが)かも知れません。

現在店頭では前述した、石清水 Technics SP10 のバージョンに Advanced Analog Audio Lab のMG-1 と  Mutech RM-KANDA の組み合わせでステレオレコードのプレーバックを行っています、勿論フォノイコライザーは  Zanden Model 1200Mk Ⅱ に繋いで。そうしてみて思うことは、ステレオのプレーバックには LTT が欠かせなくなった自分がいることです。このコンビネーションになってからは音楽を聴くのが楽しくて仕方ありません。システム上の何かに気を取られることも無くなり、無心に音楽を聴いていられる幸せにひたる日々が続いています。

もしかしてアナログオーディオの「上がり」は近いかも。

2015/10/10